ひなのが最近気に入っている歌の歌詞に
『愛してくれる人を愛すること』
・・・というのがあって
PCの前で
この歌に聴き入っているひなのが
このフレーズにくると
わたしを指差して
「おかあさんっ!おかあさんっ!」
と言う。
「愛してくれる人」=「お母さん」
だと思って言ってるのかなあ。
だとしたら
とても嬉しい。
子どもはそれぞれ
いろんな個性を持っているでしょ。
その個性を・・・
やっかいな部分とか
大変だなと思う部分を含めて
その子のこと
まるごと全部を
認めてあげられる親でいたい。
持って生まれた「個性」って
簡単には変わらないし
自分が変わりたいと思うのでなければ
たとえ親でも
変えようとするのは
どうなんだろうって思うのです。
「こうした方が、楽に生きれるのに」とか
「こうなった方が、幸せになれるのに」とか
そういうのは
親の基準でしかないから。
「バラ」が「バラ」として咲くために
「スミレ」が「スミレ」として咲くために
「クローバー」が「クローバー」として咲くために
親として
できることってなんだろう。
わたしが思うのはそれだけです。
「信じて」「見守る」
すごーーーーーーーーく
難しいことだけど。
植物の肥料には
施肥後徐々に効いて、効き目が長続きする
『遅効性肥料』と
効果は長続きしないけれど
水に溶けやすく、施してからすぐに効き目が現れる
『速効性肥料』
があります。
わたしは
親って『緩行性肥料』だなあ。と思うのです。
逆に『速効性肥料』は
学校の先生や
習い事の先生かな。
親が子どもに与えるものって
すぐに変化が現れるものではないんですよね。
ずっとずっと
長い年月をかけて
伝わるもの。
子どもが
キッパリハッキリ
「親に何をもらった」とか
「親に何を教えてもらった」とか
自覚なくてもいい。
意識していないところで
じんわり
子どもの心に
根付いてくれたら・・・と
思う。
「子どもに伝えたいこと」
それは
具体的に
教えられる『何か』ではなくて
言葉で説明できる『何か』ではなくて・・・
いつも
心に想っていれば
必ず伝わる『もの』だと
信じてるのです。
そして
子どもが大人になったら
また次の世代に
伝えていって欲しいこと。
親として
大人として
すごく立派なことが
できなくてもいいし
為になることも
教えられなくていいんだ。
その『子どもに伝えたいこと』
だけ伝えることができたら・・・。



